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連歌のルール(23)~【最終回】参考文献リストと全章の目次

22回にわたって連歌の式目の現代語訳と解説を連載してきました。 連歌について学ぼうとする人にとっては役に立つシリーズではないかと思います。勢田勝郭先生の「連歌去嫌の総合的再検討」という式目についてのすばらしい労作がすでにありますが、そちらは逐語的な訳ではないので、このブログにはまた別の意味があると思います。 今回は最終回。参考文献のリスト、また式目の章と本ブログの対比を示した目次を掲載します。連歌に関心がある方のお役に立てばと思います 。 参考文献リスト 赤字で示したもの はとくに初学の方にお勧めする文献です。 〈式目の翻刻・解説、連歌史〉 塙保己一編『新校群書類従第13巻 (和歌部(七)・連歌部)』(内外書籍、1929) 山田孝雄, 星加宗一編『連歌法式綱要』 (岩波書店、1936) 混空編「産衣」(1698年刊。用語から式目を逆引きできる辞典)を収録しているのが貴重。 山田孝雄『連歌概説』(岩波書店、1937) 「水無瀬三吟」「大原野千句」などを例に、作品を鑑賞しつつ連歌の規則を具体的に説明している。連歌について学ぶ者の必読の書。かなり古い本なので、最新の研究成果とはズレる部分もあるが、今なお価値を失わない。文語で書かれている。 福井久蔵『連歌文学の研究 』( 喜久屋書店、1948) 伊地知鐵男編『連歌論集』上・下(岩波文庫、1953/1956) 一条兼良の「連歌初学抄」等を収録。 木藤才蔵他校注『日本古典文學大系66 連歌論集 俳論集』(岩波書店、1961) 二条良基の「連理秘抄」等を収録。 木藤才蔵『連歌史論考 上・下』(明治書院、1971/73) 文部大臣賞・日本学士院賞受賞。連歌の歴史を通覧できると同時に、連歌史年表や詳細な索引などを備えた充実の名著。 伊地知鐵男他校注『日本古典文学全集51 連歌論集 能楽論集 俳論集』(小学館、1973) 二条良基の「僻連抄」等を収録。 穎原退蔵『潁原退蔵著作集 第2巻 (連歌)』(中央公論社、1979) 穎原退蔵博士の名著。連歌史を深い洞察を加えて語ると同時に、称名寺連歌や犬菟玖波集についての解説も興味深い。 岡山大学池田家文庫等刊行会編『 無言抄 (岡山大学国文学資料叢書 ; 6-1) 』 (福武書店、1984) 「無言抄」は17世紀初頭に木食応其によって編纂された連歌作法書。連歌用語がイロハ順に調べられるようにな...

連歌のルール(22)~和漢聯句のルール[2]

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松尾芭蕉と山口素堂による和漢歌仙「破風口に」の巻(1692年) 『古典俳文学大系 第5巻 芭蕉集』より 和漢篇を読む 前回は和漢聯句とは何かをご説明しましたので、今回はその式目である連歌新式「和漢篇」を読んでみましょう。これも一条兼良/宗砌編の『連歌初心抄』から転用されたものです。 おおよそのルールは連歌の式目を適用すべきである。 和漢ともに最長で連続五句までとする。ただし、漢の部分で対句を構成している場合には六句に及んでも可とする。 漢詩の部分を対句構成にしている場合は、奇数だと対句になりませんから六句までは認めるということですね。ただし能勢朝次先生によれば、漢句が五句まで連続することはまれであったということです。   景物や草木などの使用回数制限は、連歌の定めを和漢を通じて適用する。ただし、雨・嵐・昔・古・暁・老などの類は、和と漢でそれぞれ使用することができる。 ここは一座一句物~一座五句物のことを言っています。一座二句物だったら、和と漢通じて2回しか使えないということです。ただし「雨・嵐・昔・古」等の一座一句物は、和と漢で一回ずつ使えるとしています。「暁・老」は二句物ですが、二句使えるのは特殊なケースだけなので、これも一句物に準ずるとしています。   同季は七句を隔てる必要がある。同字並びに恋・述懐等は五句を隔てる必要がある。これらは連歌式目と同じ。ただし、それ以外の七句隔て物は五句隔てでよい(月と月などの類)。五句隔て物は三句隔てでよい(山類と山類、水辺と水辺、木類と木類といった類である。ただし、日と日、風と風といった場合は同字の定めが優先されるので五句隔てである)。三句隔ては二句隔てでよい。打越を嫌うものについては連歌式目に同じ。 句去り についてのルールですが、連歌式目よりも規制をゆるめています。土芳が 「和漢聯句の法式がおおよそ俳諧の法式となった」と言っているのはこのへんのことを指していると思います(俳諧のルールは連歌よりもゆるやか)。 山類・水辺・居所等における「体」と「有」の区別はこれを適用しない。 「体」と「用」の区分は連歌においても難しいのですが、まして和漢聯句では適用困難なので、使用しないことになっています。 さまざまな物の異名については、その本体によって季を定める。ただし使用数については本体とは別に数える。たとえば「金烏」...

連歌のルール(21)~和漢聯句のルール[1]

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18世紀の俳人、横井也有(蘿隠)が友人の堀田六林(未足)と詠んだ漢和聯句 也有は漢和聯句を復興する試みを数編残した ( 『 横井也有全集 第三巻』より) 連歌新式には最後に「和漢篇」という一章が付属しています。和漢聯句の式目を定めたものです。 和漢聯句とは和文の句と漢詩の句を混ぜて作る連歌です。のちに 俳諧(連句)の式目は和漢篇からの影響を大きく受ける(服部土芳の『三冊子』にその指摘あり)ので、連句人にとってはこちらも重要です。読んでみましょう。 和漢聯句とは何か 聯句は中国で行われた形式で、複数の作者が漢詩を共同制作するものです。日本にも輸入されて、平安時代には聯句の会があり、藤原公任や藤原斉信などがこの詩形を試みていました。 やがて鎌倉時代になって、文永(1264~75)の頃から、日本語の句と漢文の詩を混ぜ合わせる和漢聯句が始まりました。日本語から始まる場合は和漢聯句、漢文から始まる場合は漢和聯句と称します。 和漢聯句については、能勢朝次先生の「聯句と連歌」(『能勢朝次著作集 第七巻』所収)にわかりやすい解説が収められていますので、それを参考にします。 まずは実作品の例として、「後小松院御独吟和漢聯句」(1394年)を読んでみましょう。後小松天皇が一人で詠んだ百韻聯句で、これも能勢先生の著書からの引用です。 和漢聯句の場合、百韻なら百句、五十韻なら五十句で構成されるのですが、和と漢の比率が定まっているわけではなさそうです。全部読むのはたいへんなので、初折表のみにしておきましょう。 ちる雪の花にいとはぬ嵐哉 (冬)   歳寒梅独 芳 歳寒うして梅ひとりかんばし (冬)   北窓晨呵筆 北窓あしたに筆を呵し   南陌暁霑 裳 南陌(なんばく)裳をうるおす 霧薄き外山の月に旅だちて (秋月)  秋かぜ遠く分る草むら (秋)   断続乱蛩響 断続して乱蛩(らんきょう)響き (秋)   去来飛鳥 忙 去来して飛鳥忙はし 全体の構成ですが、まず「和」の部分は奇数番目に来た場合は長句(五七五)、偶数番目に来た場合は短句(七七)で詠むことになっています。「漢」のほうは、一行五字(五言)で詠み、偶数番目に来た場合には脚韻を踏む( 赤字 で韻を示しています)という形になっています。季の配置規則は連歌に準じているようです。 ちる雪の花にいとはぬ嵐哉   歳寒梅独芳 「この嵐、吹きすさ...

連歌のルール(20)~「連歌初学抄」からの付則

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  一条兼良の花押 「連歌新式」の式目の後には、「連歌初学抄」という一章が設けられていて、一条兼良/宗砌編の同名の書からいくつかの条目が引用されています。賦物に関する決まりその他です。これも参考になる規定ですから、現代語に訳してみましょう。 賦物に関する条項 鎌倉時代には、賦物は題と考えられていた。百韻なり五十韻なりのすべての句にその賦物が適用された。近年は発句のみ賦物を課すことになっている。脇句以下の句ではまったくこれを取らない。今となっては何の意味もないようなものであるが、昔の習わしを忘れないようにしているのみである。 発句に賦物を取るにあたっては、二通りの解釈ができるような取り方をすべきではない。たとえば、「賦何人」に対して発句で「山桜」を詠むべきではない。「山人」として取ったのか「桜人」として取ったのか、どちらとも解されてしまうからである。三通りの解釈ができてしまう取り方もだめである。 最初の段落は、前回までに解説した賦物の歴史の話です。 次の段落は読んでいただければわかる内容でしょう。 一字露顕の賦物はとくに面白みがあるため、近年でも百韻連歌のすべての句にこれを適用する。二字反音、三字中略、四字上下略に関しては、千句連歌の発句にのみ採用する場合がある。   一字露顕だけは全百句に適用するとなっています。しかし実際には、室町時代後半にはそのようなことはなくなっていたようです。 二字反音、三字中略、四字上下略については、通常の百韻連歌ではもう採用されないけれども、千句連歌の際には変化をつけるために途中の百韻で設定されることがあるとしています。 鎌倉時代には、賦物の字は百韻の間に使用することはできないとなっていた。南北朝時代には面八句(おもてはっく)の間は使用してはならないとされていた。近年ではその決まりがなくなっているのはいささか残念である。それでも、最近でも第三句までは賦物の字に配慮すべきだとの意見もある。 鎌倉時代までは、賦物が「山何」 だったら百韻の間じゅう「山」の字は使えなかった。それが初折表八句の間は使えないということに短縮され、今ではそのタブーすらなくなったということです。ただし編者は、第三までは配慮するべきだと考えていたようです。 発句と脇句で使った字 同字は五句嫌う決まりにはなっているが、発句と脇句で使用した漢字および物名に限...

連歌のルール(19)~もう一つのルール「賦物」[4]

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  古典文庫が刊行した全8巻の『千句連歌集』 さまざまな賦物の実例を参照することができる 定型化された賦物 前回書いたとおり、上賦下賦方式と呼ばれる賦物の形式は室町時代には形骸化し、発句だけに適用されるようになり、使用される賦物も固定化されていきます。 三条西実隆と牡丹花肖柏の編と伝えられる 『 賦物篇 』 には、連歌に使うことができる賦物が網羅されています。これを見れば賦物の全体像が一望できますので、紹介しましょう。 まず上賦下賦の賦物です。表の左の列が課される賦物、右の列はその場合に使用可能な文字です。 (漢字の新字と旧字は統一できていません) 賦物 「何」に該当する文字 山何 石 林 原 鳥 鵑 路(ミチまたはヂ) 主 出 入 蕨 風 隠 河 陰 垣 田 橘 椿 梨 卯木 井 雲 草 下 澤 木 松 守 眉 藍 嵐 櫻 里 霧 雉 岸  衣(キヌ) 北 雪 百合 回(メクリ) 水 柴 人 姫 女 口 蟬 關 菅 手 鳩 畑 鬘 裹(ツト) 榊 木綿 祭 烟 寺 彥 梅 露 霞 心 鷹裹 聲(鷹鈴) 越 錦 使 何路(ミチまたはヂ) 家 今 古 市 石 細 通 夢 西 苔 下 船 遠 山 浦 隱 狩 夜 浪 水 旅 宮 空 雲 雲居 別 作 長 中 驛 海 河 野 車 闇 濱 二 天 朝 夕 東(アツマまたはヒガシ) 關 坂 岸 田 都 湊 神 谷 目 鹽 戀 冰 陰 馳 何木 帚 錦 常盤 歳 千 唐 笠 瓦 立 古 玉 染 見馴 磯馴(ソナレ) 杣 枝 杖 流 埋 萠 盤 櫻 梅ノ 花ノ 匂 並 栽 浮 沈 老 若 黑 白(シラ) 赤 朽 爪 山 宿 枕 松 冬 船 日 二 一 百 本 名 節 琴 弓 鹽 副 御 輪 谷 庭 何人 家 市 里 古(イニシヘまたはフル) 稲 浦 宮 花 贄 殿 庭 船 嶋 千 千早(チハヤ) 遠方 老 若 友 神 唐 貌(カタチ) 狩 通 桂 田 旅 民 鷹 山 杣 染 空 月 都 名 使 官(ミヤツカヘ) 釣 常 中 網 網代 樵 村 本津 昔 歌 舞 現 鸕(ウ)飼 江 翁 田舎 衰 思 雲ノ上 上 心 天 天津 道行 下(シモ) 諸 外 遠津 鄰 夢 東 便 宿 政 文 木 氏 櫻 遠近 捨 白 礒馴(ソナレ) 苗 何船 春 夏 秋 冬 魚 筏 出 入 稲 板 石 磐 初 早 鳩 荷 帆 泊 小(ヲ) 鳥 御 友...

連歌のルール(18)~もう一つのルール「賦物」[3]

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  連歌師の系譜と式目の変遷 複式賦物から単式賦物へ 承久の変以後、地下連歌師と呼ばれる比較的低い身分の連歌師が登場し、13世紀後半には彼らの主導により連歌本式と呼ばれる標準的な式目が生まれたという話を前回書きました。また 賦物が簡略化され、上賦下賦 (うえふしたふ) 方式に移行したことも紹介しました。 鎌倉時代前半には「 複式賦物 」と言って、長句(奇数句)と短句(偶数句)では違う賦物を適用することになっていました。「賦何屋何水」とあれば、長句では何屋、短句では何水が賦されるのです。 ところがこんな区別も面倒くさくなったのでしょうか、まもなく長句も短句も区別せず、どちらにも同じ賦物を課す方式に移行していきました。これを「 単式賦物 」と呼びます。 知られるうちで最後の 複式賦物の連歌は、1250年の「園城寺賦山何山水連歌」です。一方、もっとも古い単式賦物の連歌は前々回紹介の、冷泉家から発見された1297年の「 永仁五年賦何木百韻」。13世紀後半に複式から単式への交代が起こったと思われ、つまり連歌本式の完成と単式賦物への移行はほぼ同じ時期に実現したと考えられるのです。 実際に永仁五年賦何木百韻の初折表十句を見てみましょう。「●木」という熟語の●に相当するものを必ず全句に詠み込まなければならないというルールです。下線を引いたのが●に相当する音で、右端に 緑字で示した のが復元した熟語です。 永仁五年正月十日「賦何木連歌」 山 はなを雪げに月ぞかすみける      経ゝ  〔山木〕  春はあらしのふきも よは らで      了ゝ  〔弱木〕 ちるほどのにほひ をし たふ梅が枝に    照 □   〔圧木〕  をのがねもろくなけるう ぐひ す     道ゝ  〔頚木〕 さびしさは ひと くともなきいほりにも   経ゝ  〔一木〕  そよとをどろく庭の をぎ 原       房主  〔置木〕 あさ ぢふやむしのうらみもかなしきに   経ゝ  〔浅木〕  あき より ほかのゆふぐれもがな     小ゝ  〔寄木〕 このごろはしぐれにいつも 袖 ぬれぬ    経ゝ  〔袖木〕   冬 行旅は物うかりけり         道   〔冬木〕 ●の部分は元どおりの字ではなくてもかまいません。たとえば第三は、〔圧木( をし き)〕という熟語を設定したうえで「匂ひ を慕 う」と...