先日の連句の会「草門会」で、連句の先輩である山地春眠子さんから山田孝雄博士の『連句概説』を貸していただきました。連句を読解するための必読書と言われる名著で、小説家の石川淳も「連歌の方式を知るためには、山田孝雄氏の『連歌概説』を読むがよい」とお勧めしている一冊です。
今まで歯が立たなかった連歌の式目も、この本を命綱にしてようやく理解できるようになってきました。それがこのブログで式目の解説を書いてみようと思い立ったきっかけです。
式目を解読していくに先立って、連歌の常識と言うべき懐紙構成、および去嫌(さりぎらい)の考え方について説明しておきます。今回は予備知識の解説なので、式目の解説は次回からになります。連歌について十分わかっているよという方は読み飛ばしてもらって結構。
百韻の懐紙構成
連句(俳諧連歌)の場合は36句の「歌仙」が標準形式とされていますが、連歌では100句構成の「百韻」が標準とされています。以下の解説も、百韻を前提として叙述することにします。
連歌は紙を横長に折った懐紙に記入していきますが、百韻ではこれを4枚使います。最初の紙を初折(しょおり)、次は二の折、三の折と呼び、最後は名残の折(名残)と呼称します。
初折の表には8句、裏には14句、次が二表、二裏、三表、三裏、名残表と続きそれぞれ14句ずつ記入、名残裏は8句を記します。合計100句というわけです。初折表の8句をとくに「表八句」といい、その一句目を「発句」、二句目を「脇」と呼びます。
初折表、初折裏、二折表……と続く各パートが「面(おもて)」となります。百韻の場合は8・14・14・14・14・14・14・8という八面の構成になります。全体は途切れずに連続的に推移していきますが、折単位、あるいは面単位でのまとまりが意識される場合もあります。
100句の間に花を詠み、月を詠み、恋を詠んでいきます。また春・夏・秋・冬の季節を当てはめ、途中を雑(無季)の句でつないでいきます。
打越と去嫌とは何か
句を付けていくうえでいちばん重要なのは、同じ題材や表現を繰り返さないということです。その際にキーとなるのは、「打越を嫌う」という考え方。
連句でA句、B句、C句...というように付いていく場合、A句とB句はひとつの世界を作る必要がある。またB句とC句もひとつのまとまりを作る。ところがA句とC句は全然別のことを述べなければならない。AとCが似ていると、狭い表現領域をぐるぐる回ってしまうことになるからです。連歌は川の流れのように、とどまることなく進んでいかなければなりません。
後ろから見て、C句を付句、B句を前句、A句を打越と呼びます。C句においてA句と似た題材や表現を嫌うことを、「打越を嫌う」と言う。
とくに似かよった題材の場合には、二句前(打越)を嫌うだけではなく三句前(大打越)と近づくのも嫌いますし、場合によっては「同じ面で再使用してはいけない」「一巻の中で一回しか使ってはいけない」などという制約がある題材もあります。このような、繰り返しについての禁則ルールを「去嫌(さりぎらい)」と言い、連歌式目の大半は去嫌について具体的な例を示したものだと言えます。
実例で懐紙構成を確認
実際の連句に例をとって、百韻がどう構成されているかを確認してみましょう。以下に示すのは、「文和千句第一百韻」(1355)の連歌から、季節と事物区分を抜き取って進行表にしたものです。
この連歌は二条良基邸で張行(ちょうぎょう)されたもので、良基自身も加わっています。現存する連歌の中では比較的古い作品です。
「鳥、木、山類...」などと記したところは、それぞれの句で詠まれた事物を連歌の分類に沿って区分してみたものです。分類については別途説明しますので、今のところはこんなものかと思っていてください。
見ていってわかるのは、同じ事物を打越で詠むのが避けられているということです。二句続けて似た題材を詠むのはかまわないのですが、三句目はそこから離れなければなりません。一句おきに似た題材を詠むのもダメです。
ただし、三裏の7句目から9句目にかけて三句連続で神祇(神社や神に関することがら)が出てきていることに気づくでしょう。ここは例外規則があって、恋句は五句まで続けてよい、旅・神祇・釈教・述懐・山類・水辺・居所は三句まで続けてよいとされているのです。(詳しくは別の回に説明します)
月の句は、すべての面で詠む、ただし名残裏だけは詠まなくてもよいという規則になっています。上の例では8回詠まれていますね。気になるのは、三裏の8句目、「雑月」と書いておきましたが、これは「月読宮」という神社をテーマとしていて、実際の月を詠んだわけではありません。こういう場合は月を詠んだことにならないのですけれど、二条良基はどう考えていたでしょうか。
俳諧(連句)では月の座が決められていて、たとえば歌仙なら表5句目、裏8句目、名残表11句目が目安となっていますが、連歌ではそのような定座は決まっていません。それぞれの面で一回(以上)詠めばいいのです。
花の句は、すべての折で詠む。上の例では4回詠まれています。俳諧(連句)では花の座が決められていて、たとえば歌仙なら裏11句目、名残裏5句目と定まっているのですが、連歌では自由で、折のどこかで出せばよいのです。
さあ、連歌についての基礎常識については説明しましたので、次回からいよいよ「連歌新式追加並新式今案等」を読んでいきます。