一座三句物
続いて三句物です。三句物~五句物は一句物よりも重要度が低いわけではなく、むしろよく使われるので一句や二句では収まらない材料というように考えられます。
今回は「月」「花」が出てくるので、説明も慎重にやりたいと思います。
いくつか注記します。
「春月」「夏月」「冬月」の項ですが、ここで言う「有明」とは「月がまだ天にありがなら夜の明けかけること。またその時間帯。また夜明けに天に残っている月のこと」です。実は、月を詠まなければいけない場面で、「月」という語を出さずに「有明」を代わりに使うことができるのです。
どういうことか、実例を挙げましょう。前回、秋の時雨について説明したのと同じ個所、「文和千句第三百韻」(1355)の初折表八句を見てみます。
名にしるし色もにほひもふかみ草 素阿
五月もいまは廿日へにけり 二条良基夏引の糸もておれるうすころも 救済
ねになく蝉のはつ秋のかぜ 暁阿
もみぢせぬ木ずゑの露の先(まづ)落て 永運
のちはしぐれの山のあさ霧 周阿
在明や日のいづるまで残るらん 大江成種
空行かりの数は見えけり 木鎮
脇句に「五月」が出てきました。五月、六月、あるいは長月、神無月など月名の「月」は月次(つきなみ)の月といって、月を詠んだことにはなりません。各面で一句は月の句を詠まなければなりませんので、七句目で大江成種がそれを詠むことになりました。しかし同じ面に「月」という字を2回使うのはみっともよくないので、代わりに「在明(=有明)」を使いました。句の意味は「明け方の月は太陽がのぼってくるまでは空に残るでしょう」ということです。
式目の注釈では、「有明は秋で1回、他季で1回まで」と、合計2回しか使えないことになっているのですけれども、次回説明する「一座四句物」では有明は4回使えることになっています。これはどう理解すればいいのでしょう。
考えてみたのは、「月の代わりに有明を使うのは2回まで、有明そのものを述べるのは4回まで」ということではないかという解釈ですが、正しいかどうかわかりません。知見の士のアドバイスを求む。
「花」の項、にせものの花とは、浪の花、雪の花など実際の花以外のものを指す語を言います。これらは花を詠んだことにならないので、同じ折でもう一度花を詠む必要が出てきますが、その場合でも面は替えなければいけません。「心の花」も同じ扱い。
春の花でなくても、余花(夏)や花・紅葉(詠みかたにもよりますが無季)でも花を詠んだことにはなります。花・紅葉を詠むとはどういうことか、「専順宗祇百句附」(1468)の例を見てみましょう。
人のこゝろのかはる世の中 専順草も木も折りわすれずよ花もみぢ 専順
百句附は、専順が示した「人のこゝろのかはる世の中」という短句に対し、長句の付句を専順自身で100通り、宗祇も100通り作って見本帳としたものです。上の付合は専順の作例。「この世の中、人間の心というものは変わりやすいものだなあ」「草や木は季節を忘れず、花は春紅葉は秋と決まりを守るものなのに」ということになります。前年の1467年、応仁の乱が勃発し、裏切りや離合集散が繰り返し起こりました。そんな世の中を嘆いてこのような附句集を作ったのでしょう。この「花もみぢ」は季節としては雑です。
「花」と言えば原則として桜の花を指しますが、前句で菅原道真のことを詠んでいるような場合は梅の花を意味する場合もあります。
「桜」と言ったのでは花を詠んだことにはなりません。その場合は同じ折で別に花を詠まなければなりませんが、しかし面を替える必要があります。
「紅葉」の項、紅葉の橋とは天の川に掛かっている伝説上の橋のこと。
「狩」の項、鷂(はいたか)とは小形の鷹で、やはり鷹狩に用いられました。ただし鷹狩が冬季であるのに対し、鷂は夏から秋にかけての季語だそうです。
「鹿」の項、かせぎとは鹿の古名です。「かをさして(鹿を指して)」というのは、古代中国の秦帝国で、宦官の趙高が皇帝に対し鹿を指して馬と呼んだ故事のこと。
「法」の項、法の車(のりのくるま)とは仏法を羊の車・鹿の車・牛の車の三車にたとえたことを指します。
「独」の項、「月・松などに1回」とは、「月ひとつ」「ひとつ松」などの表現を指します。東日本大震災のあと、陸前高田市の奇跡の一本松が話題になりましたね。ひとつ松というのは古来わが国で大事にされてきた風景でした。