2025-06-22

連歌のルール(23)~【最終回】参考文献リストと全章の目次

22回にわたって連歌の式目の現代語訳と解説を連載してきました。連歌について学ぼうとする人にとっては役に立つシリーズではないかと思います。勢田勝郭先生の「連歌去嫌の総合的再検討」という式目についてのすばらしい労作がすでにありますが、そちらは逐語的な訳ではないので、このブログにはまた別の意味があると思います。

今回は最終回。参考文献のリスト、また式目の章と本ブログの対比を示した目次を掲載します。連歌に関心がある方のお役に立てばと思います

参考文献リスト

赤字で示したものはとくに初学の方にお勧めする文献です。

〈式目の翻刻・解説、連歌史〉

  • 塙保己一編『新校群書類従第13巻 (和歌部(七)・連歌部)』(内外書籍、1929)
  • 山田孝雄, 星加宗一編『連歌法式綱要』(岩波書店、1936)
    混空編「産衣」(1698年刊。用語から式目を逆引きできる辞典)を収録しているのが貴重。
  • 山田孝雄『連歌概説』(岩波書店、1937)
    「水無瀬三吟」「大原野千句」などを例に、作品を鑑賞しつつ連歌の規則を具体的に説明している。連歌について学ぶ者の必読の書。かなり古い本なので、最新の研究成果とはズレる部分もあるが、今なお価値を失わない。文語で書かれている。
  • 福井久蔵『連歌文学の研究』(喜久屋書店、1948)
  • 伊地知鐵男編『連歌論集』上・下(岩波文庫、1953/1956)
    一条兼良の「連歌初学抄」等を収録。
  • 木藤才蔵他校注『日本古典文學大系66 連歌論集 俳論集』(岩波書店、1961)
    二条良基の「連理秘抄」等を収録。
  • 木藤才蔵『連歌史論考 上・下』(明治書院、1971/73)
    文部大臣賞・日本学士院賞受賞。連歌の歴史を通覧できると同時に、連歌史年表や詳細な索引などを備えた充実の名著。
  • 伊地知鐵男他校注『日本古典文学全集51 連歌論集 能楽論集 俳論集』(小学館、1973)
    二条良基の「僻連抄」等を収録。
  • 穎原退蔵『潁原退蔵著作集 第2巻 (連歌)』(中央公論社、1979)
    穎原退蔵博士の名著。連歌史を深い洞察を加えて語ると同時に、称名寺連歌や犬菟玖波集についての解説も興味深い。
  • 岡山大学池田家文庫等刊行会編『無言抄 (岡山大学国文学資料叢書 ; 6-1)(福武書店、1984)
    「無言抄」は17世紀初頭に木食応其によって編纂された連歌作法書。連歌用語がイロハ順に調べられるようになっており、後に俳諧へ与えた影響も大きい。
  • 金子金治郎編『連歌研究の展開 : 連歌貴重文献集成記念論集』(勉誠社、1985)
  • 濱千代清『連歌-研究と資料』(桜楓社、1988)
  • 木藤才蔵『連歌新式の研究』(三弥井書店、1999)
    連歌新式の本文の翻刻としてはこれがいちばん読みやすい(他の本に収録されたものには異本の問題や誤字誤植などがあるケースも)。また後世になって連歌新式に付された注釈の解説が貴重。
  • 島津忠夫『島津忠夫著作集』全15巻+別巻4(和泉書院、2003~2017)
    今回はとくに第2巻『連歌』および第14巻より「冷泉家時雨亭文庫蔵歌書紙背文書の連歌」を参照した。
  • 廣木一人編『連歌辞典』(東京堂出版、2010)
  • 永山勇「連歌における体・用(ゆう)の説」(「国文学言語と文芸」4(1)、1962)
  • 生田慶穂「『永仁五年正月十日賦何木百韻』の分析 : 『連歌本式』との関係」(お茶の水女子大学大学院「人間文化創成科学論叢」(16)、2013)
  • 勢田勝郭「連歌去嫌の総合的再検討」(奈良工業高等専門学校研究紀要 平成28年度(52)、2017)
    連歌式目をわかりやすく整理・解説した論文で、Web上で公開されている。連歌新式以降に追加された項目を反映させる一方、細部は省略し、連歌史についての言及は抑制。このブログとはアプローチが違うので、両方見比べていただくと式目についての理解が深まる。

〈賦物の研究〉

  • 金子金治郎「南北朝連歌の一視点-賦物連歌から去嫌連歌へ」(「国語教育研究」(8)、1963)
  • 岩下紀之「賦物について」(「愛知淑徳大学国語国文」 (33)、2010)
〈連歌作品集〉
  • 金子金治郎編『宗祇連歌古注』(広島中世文芸研究会、1965)
  • 横山重編『心敬作品集』(角川書店、1972)
  • 島津忠夫ほか編『千句連歌集 1~8』(古典文庫、1978~1988)
  • 金子金治郎他編『新編日本古典文学全集61 連歌集 俳諧集』(小学館、2001)
  • 島津忠夫校注『新潮日本古典集成 連歌集』(新潮社、2020)
    連歌について学びたい人の最初の一冊として強くお勧め。紹介されている連歌作品が適切であり、注釈や解説もわかりやすい。
  • 廣木 一人・松本麻子編『連歌大観 全4巻』(古典ライブラリー、2016~23)
  • 国際日本文化研究センター(日文研)「連歌データベース」
    Web上で連歌の句を検索できるすばらしい連歌DB。成立年、作者名、作品名、使用語句で検索が可能。連歌連想語彙DB、和歌DB、俳諧DBも提供。
    永禄以前(連歌師宗養の没年まで)の連歌作品のすべてと、永禄以後幕末までの主要な連歌作品を収載。データはすべて当時奈良工業高等専門学校教授であった勢田勝郭氏がみずから多年にわたって入力・蓄積したもので、日本研究に役立てて欲しいと日文研に一括寄託されたもの。件数 197,228件」
〈連歌寄合集〉
  • 岡見正雄校『良基連歌論集 三』(古典文庫、1955)
    二条良基の「光源氏一部連歌寄合」等を収める。
  • 木藤才蔵, 重松裕巳校注『連歌論集 1 (連珠合璧集) (中世の文学)』(三弥井書店、1972)
    このブログでも何度も紹介した連歌寄合集。眺めているだけで豊かな気分になれる、ことばの宝石箱と言える一冊。
〈俳諧関連〉
  • 東明雅,杉内徒司,大畑健治編『連句辞典』(東京堂出版、1956
〈和漢聯句〉
  • 能勢朝次『能勢朝次著作集第7巻 連歌研究』(思文閣出版、1982)

目次 ~連歌新式の章とブログ回の対比~

連歌新式の原文と私の解説を対比して読む人のために、どの章を何回目に扱ったかを一覧にします。何回目かを示す右のリンクをクリックすると該当のページに飛びます。

韻字事             ・・・・・・第3回
輪廻事             ・・・・・・第4回
遠輪廻事            ・・・・・・第4回
本歌事             ・・・・・・第5回
雑物躰用事           ・・・・・・第6回
一座一句物           ・・・・・・第7回
一座二句物           ・・・・・・第8回
一座三句物           ・・・・・・第9回
一座四句物           ・・・・・・第10回
一座五句物           ・・・・・・第10回
可嫌打越物〈付、可嫌同懐紙之物等〉 ・・・第11回
可隔三句物           ・・・・・・第12回
可隔五句物           ・・・・・・第12回
可隔七句物           ・・・・・・第12回
可分別物            ・・・・・・
第13回
第14回
句数              ・・・・・・第15回
躰用事             ・・・・・・第6回
連歌初学抄           ・・・・・・第20回
和漢篇             ・・・・・・
第21回
第22回

<完> 

    2025-06-21

    連歌のルール(22)~和漢聯句のルール[2]

    松尾芭蕉と山口素堂による和漢歌仙「破風口に」の巻(1692年)
    『古典俳文学大系 第5巻 芭蕉集』より

    和漢篇を読む

    前回は和漢聯句とは何かをご説明しましたので、今回はその式目である連歌新式「和漢篇」を読んでみましょう。これも一条兼良/宗砌編の『連歌初心抄』から転用されたものです。

    1. おおよそのルールは連歌の式目を適用すべきである。

    1. 和漢ともに最長で連続五句までとする。ただし、漢の部分で対句を構成している場合には六句に及んでも可とする。

    漢詩の部分を対句構成にしている場合は、奇数だと対句になりませんから六句までは認めるということですね。ただし能勢朝次先生によれば、漢句が五句まで連続することはまれであったということです。 

    1. 景物や草木などの使用回数制限は、連歌の定めを和漢を通じて適用する。ただし、雨・嵐・昔・古・暁・老などの類は、和と漢でそれぞれ使用することができる。

    ここは一座一句物~一座五句物のことを言っています。一座二句物だったら、和と漢通じて2回しか使えないということです。ただし「雨・嵐・昔・古」等の一座一句物は、和と漢で一回ずつ使えるとしています。「暁・老」は二句物ですが、二句使えるのは特殊なケースだけなので、これも一句物に準ずるとしています。 

      1. 同季は七句を隔てる必要がある。同字並びに恋・述懐等は五句を隔てる必要がある。これらは連歌式目と同じ。ただし、それ以外の七句隔て物は五句隔てでよい(月と月などの類)。五句隔て物は三句隔てでよい(山類と山類、水辺と水辺、木類と木類といった類である。ただし、日と日、風と風といった場合は同字の定めが優先されるので五句隔てである)。三句隔ては二句隔てでよい。打越を嫌うものについては連歌式目に同じ。

      句去りについてのルールですが、連歌式目よりも規制をゆるめています。土芳が「和漢聯句の法式がおおよそ俳諧の法式となった」と言っているのはこのへんのことを指していると思います(俳諧のルールは連歌よりもゆるやか)。

      1. 山類・水辺・居所等における「体」と「有」の区別はこれを適用しない。

      「体」と「用」の区分は連歌においても難しいのですが、まして和漢聯句では適用困難なので、使用しないことになっています。

      1. さまざまな物の異名については、その本体によって季を定める。ただし使用数については本体とは別に数える。たとえば「金烏」は日のこと、「銀竹」は雨のこと、「金衣」は鶯のこと、「烏衣」は燕のこと、「霜蹄」は馬のこと、「鯨」は鐘のことといったたぐいである。連歌における異名の扱いの例に従うこと。

       この項については能勢先生が非常にわかりやすく解説されていますので、そのまま引用します。

      この条は、漢句において特に多くあらわれる異名のものについての注意である。連歌であれば鶯とか燕とか雨とかいう語そのままに用いるのであるが、漢詩文ではそうした普通の名称の他に、金衣とか鳥衣とか銀竹とかいう語を用いる例が多い。必ずしも酒落た名称を好むということばかりでなく、平仄の関係から、こうした使用をしなくてはならない場合もあるのである。それで、そうした異名を用いる場合には、式目の上からいかにこれを扱うかということを述べたのである。そして、(一)異名の季はその本体の季に準ずる。例えば金衣は春のごときである。(二)異名を用いて作ったものは、その数においては本体の数の中には加えないというのである」

      1. 漢句における季節その他の区分について
      カテゴリ用語注釈
      暖、淑気、焼痕、踏青、芳草 など
      花の意味が含まれている場合
      同上
      新緑 霖 暑 炎熱 など
      草木の茂りを意味する場合
      清和四月
      初涼、新涼、冷爽、金気、黄落など
      臘、探梅、春信、守歳 など
      草木の枯を言う場合。枯枝を薪として拾うのである
      書信を意味する場合
      家に招く客の場合は除く
      一葉身舟を言う場合
      「帰」の字、漂泊 など
      「錦」の字、御溝葉、私語 など
      人倫人名姓は人倫とはならない。ただし場合にもよる
      述懐
      名利、浮跡、出所 など
      世を意味する場合
      水辺一糸釣糸を意味する場合
      釈教禅、定、錫 など

       和歌や連歌では原則として漢語(音読みの語)は使いません。漢句の場合はもちろん漢語を使用するので、季節や部立の分類も和句とは別にみる必要があるわけです。

      さて、今回で式目の解説は終了です。次回は最終回、参考文献や目次を掲載する予定です。

      2025-06-20

      連歌のルール(21)~和漢聯句のルール[1]


      18世紀の俳人、横井也有(蘿隠)が友人の堀田六林(未足)と詠んだ漢和聯句
      也有は漢和聯句を復興する試みを数編残した
      横井也有全集 第三巻』より)

      連歌新式には最後に「和漢篇」という一章が付属しています。和漢聯句の式目を定めたものです。和漢聯句とは和文の句と漢詩の句を混ぜて作る連歌です。のちに俳諧(連句)の式目は和漢篇からの影響を大きく受ける(服部土芳の『三冊子』にその指摘あり)ので、連句人にとってはこちらも重要です。読んでみましょう。

      和漢聯句とは何か

      聯句は中国で行われた形式で、複数の作者が漢詩を共同制作するものです。日本にも輸入されて、平安時代には聯句の会があり、藤原公任や藤原斉信などがこの詩形を試みていました。

      やがて鎌倉時代になって、文永(1264~75)の頃から、日本語の句と漢文の詩を混ぜ合わせる和漢聯句が始まりました。日本語から始まる場合は和漢聯句、漢文から始まる場合は漢和聯句と称します。

      和漢聯句については、能勢朝次先生の「聯句と連歌」(『能勢朝次著作集 第七巻』所収)にわかりやすい解説が収められていますので、それを参考にします。まずは実作品の例として、「後小松院御独吟和漢聯句」(1394年)を読んでみましょう。後小松天皇が一人で詠んだ百韻聯句で、これも能勢先生の著書からの引用です。

      和漢聯句の場合、百韻なら百句、五十韻なら五十句で構成されるのですが、和と漢の比率が定まっているわけではなさそうです。全部読むのはたいへんなので、初折表のみにしておきましょう。

      ちる雪の花にいとはぬ嵐哉(冬)
        歳寒梅独歳寒うして梅ひとりかんばし(冬)
        北窓晨呵筆北窓あしたに筆を呵し
        南陌暁霑南陌(なんばく)裳をうるおす
      霧薄き外山の月に旅だちて(秋月)
       秋かぜ遠く分る草むら(秋)
        断続乱蛩響断続して乱蛩(らんきょう)響き(秋)
        去来飛鳥去来して飛鳥忙はし

      全体の構成ですが、まず「和」の部分は奇数番目に来た場合は長句(五七五)、偶数番目に来た場合は短句(七七)で詠むことになっています。「漢」のほうは、一行五字(五言)で詠み、偶数番目に来た場合には脚韻を踏む(赤字で韻を示しています)という形になっています。季の配置規則は連歌に準じているようです。

      ちる雪の花にいとはぬ嵐哉
        歳寒梅独芳

      「この嵐、吹きすさぶ雪も落花だと思えば厭わしくはない」「寒い歳末になったが、 梅だけはかぐわしく咲いている

        北窓晨呵筆
        南陌暁霑裳

      「そんな寒い朝、北窓に向かい筆先を息で温める」「南の街路では明け方の露が人の裳裾を濡らしている」ここは対句になっています。

      霧薄き外山の月に旅だちて
       秋かぜ遠く分る草むら

      「前句で裳裾を濡らしていたのは旅人なのであろう。うっすらと霧がかかる外山に月が残る暁に旅立つのだ」「旅人の眼前の草むらを、秋風が遠くまで吹き分けていく」

        断続乱蛩響
        去来飛鳥忙

      「秋風の草むらではコオロギが断続的に乱れ鳴きする声が響く」「空では飛ぶ鳥が行ったり来たりして忙しい」ここも対句になっています。

      和→漢、漢→和とつながるところでは、前句のムードを引き継ぐことを重視していますが、漢(奇数)→漢(偶数)の個所は対句技法を使って対比的に作っていますね。

      和漢聯句とはこんなものだ、と理解していただいたところで、次回は和漢聯句の式目を見ていきます。

      2025-06-19

      連歌のルール(20)~「連歌初学抄」からの付則

       
      一条兼良の花押

      「連歌新式」の式目の後には、「連歌初学抄」という一章が設けられていて、一条兼良/宗砌編の同名の書からいくつかの条目が引用されています。賦物に関する決まりその他です。これも参考になる規定ですから、現代語に訳してみましょう。


      賦物に関する条項

      鎌倉時代には、賦物は題と考えられていた。百韻なり五十韻なりのすべての句にその賦物が適用された。近年は発句のみ賦物を課すことになっている。脇句以下の句ではまったくこれを取らない。今となっては何の意味もないようなものであるが、昔の習わしを忘れないようにしているのみである。

      発句に賦物を取るにあたっては、二通りの解釈ができるような取り方をすべきではない。たとえば、「賦何人」に対して発句で「山桜」を詠むべきではない。「山人」として取ったのか「桜人」として取ったのか、どちらとも解されてしまうからである。三通りの解釈ができてしまう取り方もだめである。

      最初の段落は、前回までに解説した賦物の歴史の話です。

      次の段落は読んでいただければわかる内容でしょう。

      一字露顕の賦物はとくに面白みがあるため、近年でも百韻連歌のすべての句にこれを適用する。二字反音、三字中略、四字上下略に関しては、千句連歌の発句にのみ採用する場合がある。 

      一字露顕だけは全百句に適用するとなっています。しかし実際には、室町時代後半にはそのようなことはなくなっていたようです。

      二字反音、三字中略、四字上下略については、通常の百韻連歌ではもう採用されないけれども、千句連歌の際には変化をつけるために途中の百韻で設定されることがあるとしています。

      鎌倉時代には、賦物の字は百韻の間に使用することはできないとなっていた。南北朝時代には面八句(おもてはっく)の間は使用してはならないとされていた。近年ではその決まりがなくなっているのはいささか残念である。それでも、最近でも第三句までは賦物の字に配慮すべきだとの意見もある。

      鎌倉時代までは、賦物が「山何」 だったら百韻の間じゅう「山」の字は使えなかった。それが初折表八句の間は使えないということに短縮され、今ではそのタブーすらなくなったということです。ただし編者は、第三までは配慮するべきだと考えていたようです。

      発句と脇句で使った字

      同字は五句嫌う決まりにはなっているが、発句と脇句で使用した漢字および物名に限っては、面八句ではたとえ五句を挟んだとしてもこれを使えない。 

      物名については第3回で触れましたが、要するに形式名詞以外の、実質のある名詞と思ってよいでしょう。発句と脇句で使用した漢字と名詞は、初折表では使えないということです。

      面十句(おもてじゅっく)

      一の懐紙の裏二句目までは、恋・述懐・名所などを詠んではならない。 

      初折裏の最初の二句目まで、つまり発句から十句の間の決まりについて語られています。この最初の十句を面十句と呼びます。これは連歌本式で初折表が十句だったことの名残りとされます。

      恋・述懐・名所に限らず、神祇・釈教も面十句では嫌われたようです。面十句は「序・破・急」の構成で言えば「序」に当たるので、あまり激しい題材は扱わないほうがよろしいという考えでしょう。

      2025-06-18

      連歌のルール(19)~もう一つのルール「賦物」[4]

       
      古典文庫が刊行した全8巻の『千句連歌集』
      さまざまな賦物の実例を参照することができる

      定型化された賦物

      前回書いたとおり、上賦下賦方式と呼ばれる賦物の形式は室町時代には形骸化し、発句だけに適用されるようになり、使用される賦物も固定化されていきます。

      三条西実隆と牡丹花肖柏の編と伝えられる賦物篇には、連歌に使うことができる賦物が網羅されています。これを見れば賦物の全体像が一望できますので、紹介しましょう。

      まず上賦下賦の賦物です。表の左の列が課される賦物、右の列はその場合に使用可能な文字です。(漢字の新字と旧字は統一できていません)

      賦物「何」に該当する文字
      山何石 林 原 鳥 鵑 路(ミチまたはヂ) 主
      出 入 蕨 風 隠 河 陰 垣 田 橘
      椿 梨 卯木 井 雲 草 下 澤 木 松
      守 眉 藍 嵐 櫻 里 霧 雉 岸 
      衣(キヌ) 北 雪 百合 回(メクリ) 水
      柴 人 姫 女 口 蟬 關 菅 手 鳩
      畑 鬘 裹(ツト) 榊 木綿 祭 烟 寺
      彥 梅 露 霞 心 鷹裹 聲(鷹鈴) 越
      錦 使
      何路(ミチまたはヂ)家 今 古 市 石 細 通 夢 西 苔
      下 船 遠 山 浦 隱 狩 夜 浪 水
      旅 宮 空 雲 雲居 別 作 長 中 驛
      海 河 野 車 闇 濱 二 天 朝 夕
      東(アツマまたはヒガシ) 關 坂 岸 田
      都 湊 神 谷 目 鹽 戀 冰 陰 馳
      何木帚 錦 常盤 歳 千 唐 笠 瓦 立 古
      玉 染 見馴 磯馴(ソナレ) 杣 枝 杖
      流 埋 萠 盤 櫻 梅ノ 花ノ 匂 並
      栽 浮 沈 老 若 黑 白(シラ) 赤 朽
      爪 山 宿 枕 松 冬 船 日 二 一
      百 本 名 節 琴 弓 鹽 副 御 輪
      谷 庭
      何人家 市 里 古(イニシヘまたはフル) 稲
      浦 宮 花 贄 殿 庭 船 嶋 千
      千早(チハヤ) 遠方 老 若 友 神 唐
      貌(カタチ) 狩 通 桂 田 旅 民 鷹
      山 杣 染 空 月 都 名 使
      官(ミヤツカヘ) 釣 常 中 網 網代 樵
      村 本津 昔 歌 舞 現 鸕(ウ)飼 江
      翁 田舎 衰 思 雲ノ上 上 心 天
      天津 道行 下(シモ) 諸 外 遠津 鄰
      夢 東 便 宿 政 文 木 氏 櫻 遠近
      捨 白 礒馴(ソナレ) 苗
      何船春 夏 秋 冬 魚 筏 出 入 稲 板
      石 磐 初 早 鳩 荷 帆 泊 小(ヲ)
      鳥 御 友 千 
      度(ワタシまたはワタリ、渡) 唐 桂 河
      夜 朝 夕 柴 片破 妻迎 馬 浮
      鸕(ウ) 浦 篗(ウツホ) 草
      興津(沖津) 上リ 下リ 枝 車 屋形 松
      蒹ノ葉 水 百 捨 橋 島 引
      木(コノ)葉 御調 諸越 鈴 杉 釣 市
      湊 向 海
      朝何市 機 匂 庭 戶 狀 鳥 渡 風 東風
      嵐 景 髮 霞 顏 鏡 河 狩
      槲(カシハ) 烏 陰 露 霧 霜 
      月日(ツクヒ) 雲 日 涼 鳴 菜 柴 起
      艸 船 凝(コリ) 冰 水 聲 手 道 出
      湿(シメリ) 羽 寢 汐
      夕何榮 庭 星 泊 千鳥 渡 霞 顏 風 景
      狩 嵐 河 月 日 附日 月夜 露 浪
      汐 詠 雲 草 紅 暮 闇 山 烟 舟
      凝 冰 聲 手 求食 霧 道 水 霜
      時雨 凉 立 躑躅
      花何色 蓮 風 笠 籠(カタミまたはカコ) 陰
      鬘 橘 染 妻 男 女 波 染 野 心
      藍 樓 盛 見 人 摺 薄 筏 垣 瓶
      園 山 袋 衣 下 重
      花之何春 林 色 錦 匂 所 友 時 枢 庭
      契 面 奥 別 陰 鏡 香 鬘 插頭 顏
      記念 袂 袖 露 莚 埋木 雲
      匣(クシケ) 山 宿(ヤドまたはヤドリ)
      淵 故郷 杪 木立 心 木(コノ)間 衣
      枝 主 盛 木 雪 都 下(シタ) 本 紐
      白雲 白雪 白波 瀧 雫 茵(シトネ) 光
      姿 下紐 波
      唐何絲 櫓 花 橋 機 萩 錦 鳥 泊 神
      鏡 笠 垣 蓬 竹 玉 鼓 名 梨 撫子
      薺 梅 桃 筵 紫 紅 國 艸 櫛 匣
      車 松 筆 墨 文 琴 紙 衣(コロモ)
      綾 絹 藍 葵 木 繪 人 菊 枕 船
      聲 菱
      靑何色 絲 稻 石 羽 葉 花 袴 摺 田
      竹 橘 玉 鷹 椿 浪 苗 菜 梅 馬
      麥 海 野 雲 草 山 柳 淵 駒 木立
      綠 柴 蝦手 紅葉 鶴 鷺
      六月(ミナヅキ)
      白(シラまたはシロ)何絲 石 羽 花 萩 鳥 縫 髪
      重(ガサネ) 玉 玉椿 鶴 杖 躑躅 浪
      雪 雲 眞弓 菅 鷺 木 菊 木綿 尾
      布 橿
      手(テまたはタ)何色 絲 石 板 風 玉 染 車 文 心
      水 引 枕 習 縄 松
      下何匂 色 葉 萩 帶 蕨 風 陰 枯 染
      露 躑躅 荻 思 艸 焦 心 衣 枝 消
      水 道 綠 亂 柴 繪 樋 紐 萠 裳
      木 凉 折 根 聲 紅葉 並 萠木
      初何花 櫻 色 市 春 秋 冬 鴈 鵑 鶯
      紅葉 子ノ日 齋(イモヒ) 萩 穗
      鳥(ト)狩 蕨 若菜 若水 風 夜 田
      空 卯ノ花 艸 露 時雨 霜 嵐 手枕
      染 手 苗 雪 烟 舟 霧 夢 入(シホ)
      物 尾花 山藍 夏 鷹
      御何池 階 柱 贄 戶 年 幣(ヌサ) 顏 狩
      影 神 門 垣 笠 代 田 民 鷹 苑
      衣(ソまたはケシ) 袖 空 綱 杖 津 名
      渡 歌 井 法 國 寺 山 社 祭 舟
      琴 心 手 主 榊 木 注連 火 裳 物
      片何山 袴 帆 破 返リ 寄リ 便 結 鶉
      下(オロシ) 時 戶 岡 思 田舍 眉 舞
      心 祭 戀 手 嵐 岸 亂 敷 時雨 雨
      薄何色 板 縹(ハナダ) 花 機 匂 霞 霧
      霜 雪 雲 曇 烟 冰 染 紫 紅 靑
      綠 朽葉 山吹 衣(ゴロモまたはギヌ)
      萠木 紅葉 墨 物
      何風春 秋 冬 家 初 羽 葉 早 西 北
      南 東 東風 帆 神 時津 天津 雨 山
      河 夜 谷 上(ウハ) 下 夕 朝 浦 濱
      野 荻 興津 松 手 湊 島 關 道 鹽
      板間 裏
      何水春 夏 秋 冬 山 河 谷 磐 絲 花
      石 井 若 下 田 玉 流 雲 雨 冰
      手 朝 夕 澤 沼 池 雪 瀬 關 忘
      埋 立 伏(フシ)
      何屋板 石 磐 廬 市 放 穂 田 萱 瓦
      鳥 蟲 蒸 蒹 馬 車 長 松 草 竹
      東 篠 御 柴 關 濱 礒 杉 苔 鹽
      旅 水 鹿火 蓬 妻
      何所出 入 絲 置 田 立 朝 宮 繪 涼
      宿直
      何田山 春 夏 秋 冬 石 池 小(ヲ) 初
      濱 湊 遠 岡 門 神 澤 席 野 古
      靑 櫻 御 水 忍 刈 荒 心
      何草春 夏 秋 冬 入(イリまたはイレ) 礒
      初 葉 祓 庭 新(ニヒ) 千 茅 若 唐
      陰 一夜 百夜 百 鏡 插頭 田 記念
      手 手向 露 月 下 七 村 埋 浮 野
      翁 思 戀 山 二葉 靑 朝 夕 水 御
      芝 富(トミ) 教(鷹狩) 落(鷹狩) 壁
      蔭(ヒカゲ) 葵
      何馬板 早 友 老 若 竹 夏 冬 靑 木
      白 繪 放 母(ハハ) 初 御 餝 兔
      移(ウツシ) 野 上(ノボリ)
      競(キソヒまたはクラベ) 引 毛 牧
      何手衣 旗 麻 織 片 綱 染 上 御 蛛
      山 朝 蒹 百 蕨 柏 松
      何心花 片 世 現 下 戀 人 野
      山(鷹ニアリ)
      何衣色 彩(イロドリ) 香 羽 葉 花 染 摺
      狩 初入 織 五百機 毛 唐 艸 旅 玉
      小(サ)夜 夏 秋 冬 薄 卯ノ花 斑
      古(フル) 苔 露 分 山分 海 麻
      著(キ)馴 蓑代 緑 白 白妙 下 單
      涼 布 鶉 墨 鹽 雨
      何文石 稲 内 外 鳥 年 門 唐 夜 田
      立 便 昔 古(フル) 結 大和 忍 筥
      本 手
      何物初 置 注(シルシ) 宿直 織 唐 染 作
      餝(カザリ) 御貢 檜 御衣 國津 取 木
      何鳥初 放チ 庭 千 唐 山 水 夜 田 寢
      鳴(ナイ) 浮 野 雲 花 朝 都
      白(シラまたはシロ) 菅 色 島 嶋津
      渚(ス)
      何色櫻 柳 山吹 梔子 木 絲 石 五 初
      花 縹(ハナダ) 櫨 常盤 金 光 榮 枯
      羽 葉 染 上 下 薄 萠木 紅 紫 二
      一 聲 淺 水 草 今樣 白 火 雀 暮
      墨 苗 靑 橘 山鳩 日 綠 制
      何世神 君 千 御 萬 浮 三 七 一 常
      何袋花 風 麻(ヌサ) 匂 笠 手 尾 弓
      何垣花 松 艸 竹 梅 苗代 八重 一重
      妻(ツマ) 蒹(アシ) 磐(イハ) 神 玉
      中 袖 高 篠 柴 園 ヒメ マセ
      千何木 人 鳥 代 年 草 舟 町 島 里
      入(シホ) 重 度 夜 機 秋
      枝(エまたはエタ) 聲
      玉何雹 橋 江 嶋 河 井 水 垣 裳 鬘
      木 楊 松 椿 枝 柏 篠 簾 藻 蟲
      帚 牀 鏡 箏 杵 姬 匣 手箱 作
      手繦(タスキ) 敷 殿 有憚 串

      「網羅されています」と上で書きましたが、室町初期までの連歌ではこれ以外の文字も賦物には使われていたようです。また今日の目で見ると、なぜこの漢字の組み合わせが熟語になるのかよくわからないものがあります。そのあたり、原文にも次のような注が付いています。

      このほかにも古い賦物は数多くあるが、適切でないものは省略した。

      来歴が不明な賦物については、採用するかどうか適宜判断すること。 

      「山何」「何路」「何木」「何人」「何船」の5種は「五ケ賦物(ごかふしもの)」と呼ばれ、とくによく用いられていました。また「朝何」「夕何」「花何」「花之何」「唐何」「靑何」「白何」「手何」「下何」「初何」の10種は「十ケ」としてそれに次ぐ頻度で採用されました。

      前回ご紹介した大原野千句では、五ケから4種、十ケから2種が採られていましたね。

      上賦下賦以外の賦物

      これら上賦下賦以外に、特殊な賦物が4種定義されています。おそらく、アクロバティックな縛りを課していた鎌倉初期のルールの名残でしょう。同音異義がある語、音を抜いたりひっくり返したりしても別の語になる語を使うという賦物です。以下の表にそれらを示します。具体例のところはあくまで例示です。

      賦物その内容具体例その説明
      一字露顕
      一音の語で同音意義があるものを用いる
      火が同音
      香が同音
      菜が同音
      二字反音
      二音の語で逆から読むと別の語になるものを用いる
      逆から読むと縄
      逆から読むと綱
      水(みつ)逆から読むと罪
      三字中略
      三音の語で真ん中の一音を抜くと別の語になるものを用いる
      中を抜くと紙
      菖蒲(あやめ)中を抜くと雨
      中を抜くと唐
      四字上下略
      四音の語で最初と最後の一音を抜くと別の語になるものを用いる
      鶯(うくひす)上下を抜くと橛(くひ)
      玉章(たまつさ)上下を抜くと松
      苗代(なはしろ)上下を抜くと橋

      この表だけ見てもピンと来ないと思うので、それぞれ実例を挙げましょう。

      葉守千句(1487)第七百韻は「一字露顕」が賦し物になっていますが、その発句は次のとおり。

      夜やさむき鳥の音せぬ水もなし    宗長

      「夜」は「世」と同音だから、これを用いました。

      文安雪千句(1445)の追加(千句詠み終えた後に付け足す8~22句程度の連歌)は「二字返音」が賦物。発句は

      松が枝や雪をぞぬさと手向草     久色

      「松」は逆から読んだら「妻」なのでこれを用いました。

      顕証院会千句(1449)の第七百韻は「三字中略」が賦物。発句は

      池水の玉藻や月のかがみ草      宗砌

      「玉藻」は真ん中の一音を抜くと「田面」なのでこれを用いました。(「かがみ」の中一音を抜くと「紙・髪・神」などになるのでそちらの可能性もありますが)

      賦物についての説明は以上で終わりです。次回は式目に戻って、付則の部分を解説していきます。