2022-08-11

俳人・連句人・能楽愛好者のための寄合入門(1)-連歌の場合

 
連珠合璧集(一条兼良編、1476)

知っておきたい「寄合」の話

皆さん、「寄合(よりあい)」って知ってますか?
もしあなたが、俳人とか連句人とか能楽愛好者とかであるなら、多少の知識はあったほうがいいかもしれません。連歌や、俳諧や、謡曲の成立には、寄合という考えが非常に大きく影響しています。たとえば松尾芭蕉がやった仕事の価値を知るためには、彼がどのように寄合を活用しその一方でどう乗り越えていったかを理解することが不可欠ではないでしょうか。

寄合とは、連歌で特定の歌語が用いられた場合、次の付句ではどのような単語・表現を用いたら良いかという、定番の組み合わせのことです。室町時代以降、寄合を集めた作歌マニュアルが作られ、それが「寄合集(寄合書)」と呼ばれる、辞書的な書物となりました。

寄合集の見出し語の中から季節に関するものだけを拾い出して、季語に解説を加えたのが今日の俳句歳時記であるという見かたもできると思います。ですから、季語の成り立ちというものを理解するうえでも、寄合について知っておくのは望ましいことです。

百聞は一見にしかず、寄合集の一つである『連珠合璧集(れんじゅがっぺきしゅう)』を見てみましょう。その「女郎花(おみなえし)」の項目を引きます。

女郎花トアラバ、
うしろめたく おほかる 男山 一時 妻こふ鹿 花のすがた 嵯峨野 馬遍照  むせる粟 
名にめでてをれるばかりぞ女郎花我おちにきと人な 僧正遍昭

意味するところは、
「前句で女郎花という語が出たら、次の付句では『うしろめたく おほかる 男山 一時 妻こふ鹿 花のすがた 嵯峨野 馬  むせる粟』などの表現を使うといい」
ということです。これらの寄合は、古歌や源氏物語、伊勢物語などに前例となる出典を持つ組み合わせです。たとえば「馬」のあとに小さく「遍照」と書いてありますが、これは「僧正遍照(遍昭)の歌を出典とする寄合ですよ、そのことを踏まえて付けなさいよ」という注釈で、実際に遍昭の歌が引用されています。歌の前に「古」と記入されているのは、出典が『古今和歌集』であることを示しています。

『寄合集』のいろいろ

連歌を作る人への便宜のために、さまざまな連歌師が「寄合集」を編集しました。代表的な例を挙げると

  • 『連歌作法』 大胡修茂編 1472年成立
  • 『連歌寄合』 恵俊?編 1473年成立
  • 『連珠合璧集』 一条兼良編 1476年成立
  • 『連歌付合の事』 猪苗代兼載?編 1488年?
  • 『宗祇袖下』 宗祇編 1489以前成立
  • 『宗長歌話』 宗長編 1490年成立

などがあります。これらの内容には重なるところもあれば、独自の寄合を挙げている場合もあって、寄合というのは厳密な規定ではなく各連歌師の美意識が反映していると言っていいでしょう。

この中で内容的に充実していて、見出し語がわかりやすく分類整理され、連歌の研究にも活用されることが多いのは『連珠合集』です。編者の一条兼良は室町時代の大歌学者で、みずから「菅原道真以上の学者」と豪語し、宗祇も古典について彼の教えを受けています。「連珠合璧集」を読みたい方は『中世の文学 連歌論1』(三弥井書店刊)「日本文学Web図書館 和歌・連歌・俳諧ライブラリー」に全文が収録されています。参考まで。

後の時代になると、俳諧に特化した寄合集も作られるようになりますが、それについては後述します。

「水無瀬三吟」における寄合

では寄合が実際にどのように利用されたか、連歌作品を実例にして見てみることにしましょう。使用する資料は、宗祇、肖柏、宗長の三人による有名な連歌「水無瀬三吟百韻」の冒頭部分です。連歌といえば水無瀬三吟、と言われるくらい教科書的に扱われる作品。寄合集は『連珠合璧集』を使いながら照合してみます。

1 雪ながら山もとかすむ夕(ゆふべ)かな 宗祇

発句は宗祇。後鳥羽上皇の「見渡せば山もと霞む水無瀬川夕べは秋となにおもひけむ」の歌を本歌取りしたものです。これに何を付けるかですが、寄合集の「雪」の題には次のように寄合が示されています。

雪トアラバ、
ふる つもる ふかき あさき 白 はらふ あと 浪 うづむ あつむる 消 花 梅 桜 卯花 菊 月 富士 こしぢの山 友待 鏡の影 白ゆふ 松

発句は春の雪を詠んだものであるから、脇句も春でなければなりません。そこで次の詠み番である肖柏はここから「梅」を選んで付句を考えます。

2 行く水とほく梅にほふ里        肖柏

梅がなぜ雪の寄合かというと、これは万葉集に「わが園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも 大伴旅人」という、梅の落花を雪に見立てた歌があるからです。この関係から、脇句の「梅」も白梅と理解するとよいでしょう。

和歌や連歌というのは、前例を重視する文学で、先例がない表現というものを嫌います。そのため本歌取りが盛んに行われるのですが、毎句ごとに本歌を探してそれを翻案するというのは大変です。そこで、本歌のエッセンスというべき寄合の関係を寄合書にまとめて、それを利用することで先例を踏まえた付けを実現できるようにしたのだろうと思います。

脇句では「梅」が出てきたので、次の第三ではその寄合を見てみましょう。

梅トアラバ、
雪 鴬 誰が袖ふれし 色香 月 山里 軒端 垣ね 窓 あるじ はるやむかし はやくをつ 南の枝 柳 桜 八重

次の詠み番である宗長はここから「柳」を選んで第三を発案します。

3 川かぜに一むら柳春みえて       宗長

梅と柳の組み合わせは漢詩でさかんに詠まれたもので、「花紅柳緑」という成語があるほどです(ここで言う花とは梅のことでしょう)。その影響から万葉集でも「梅の花しだり柳に折り交へ花にまつらば君に逢はむかも」など、梅と柳を詠んだ歌が多く収録されています。なお、松尾芭蕉にも「梅柳さぞ若衆かな女かな」という発句があることには注意したいところです。芭蕉も寄合はよく理解していたということが言えるのです。

梅と柳、という色の対比から考えて、ここでは脇句の梅を紅梅と読み替えたと言っていいと思います。このように付句によって前句のイメージを読み替えるのが、連歌や連句の醍醐味です。

ここで「川」が出てきたので、次はその寄合を考えます。

川トアラバ、
水 ながれ ふち 瀬 舟 筏の類。又、涙 思などいふ詞にて付べし。

この中から「舟」が選ばれます。

4 舟さすおとはしるき明(あけ)がた   宗祇

川と舟が縁語であることは言うまでもないでしょう。

5 月は猶(なほ)霧わたる夜にのこるらん 肖柏

百韻の場合は、月の定座は7句目ですが、この連歌では引き上げて5句目に出しています。「暁」と「残月」が寄合なので、前句の「明がた」に応じてここで月を出してしまおうということかもしれません。

次は「月」の寄合です。

月トアラバ、
光 かげ 出入 久堅の空 秋の夜 桂 都 鏡 弓 舟 友 心のくま 霜 雪 空行 林

ここから「霜」が選択されます。ただし、秋の句は3句以上続けるのが原則なので、秋の霜を描きます。

6 霜おく野はら秋はくれけり       宗長

月の光に白く照らされた情景を霜が下りた様子に例えるのは古くから行われたことで、『拾遺集』には「今夜かくながむる袖のつゆけきは月の霜をや秋とみつらん よみ人知らず」の歌があります。

次は「霜」に注目して寄合をさぐります。

霜トアラバ、
をく 消 ふる むすぶ 寒 草のうら枯 木葉 色づく 虫のこゑかるる をくてのいなば 暁 夏の夜 かね 月 菊 まさご もとゆひ 白妙の衣うつ 露こほる

ここから「草のうら枯」が選ばれました。

7 なく虫の心ともなく草かれて      宗祇

「草枯」は冬の季語ですが、ここでは「鳴く虫」のほうが強く秋季となります。虫の心も知らず容赦なく草は枯れていくといった景色です。

さて、全百韻のうち最初の七句を引用して、寄合がどのように使われているかを見てきました。連歌の付がすべて寄合を使っているわけではないのですが、しかし連歌を詠むうえでは寄合の知識が当然の前提とされていたこと、連歌を鑑賞するためには寄合の理解が重要であることはわかっていただけたでしょう。寄合について何も知らずに連歌を論じようとすると、とんちんかんなことになります。

次回は、謡曲(能楽)と寄合の関係についてを取り上げます。