2023-01-03

横井也有 荷風も認めた名文家(6) 也有150句選

 
横井也有全集 全4冊
名古屋市教育委員会刊)

横井也有の発句はなかなか読めない

昨年の私の買い物の中で、いちばんの掘り出し物は古本サイトで見つけた『横井也有全集』でした。かなりのヴォリュームですが、思い切って購入して大正解。

也有の発句はなかなかまとめて読むことができないのです。集英社の『古典俳文学大系』は俳文集の『鶉衣』を収録していますが、発句は入っていません。岩波書店日本古典文学大系の『近世俳句俳文集』でも発句はわずかに7句のみです。

今回は私がぜひ紹介したいと思う発句を150句上げてみます。前回100句選と予告しましたが、也有のこんな面も知ってほしい、あんな句も紹介したいと思うとどうしても100句には絞りこめず、増えてしまいました。

也有の句集

也有の発句集ではまず『蘿葉集(らえふしふ)』(1767)、『ありづか』(1770)が重要です。どちらも本人が編んだものではなく、前者が知楽舎達下編、後者が石原文樵編。また1782年に再版された蘿葉集』には、新しい章が『蘿の落葉(つたのおちば)』として加えられました(文樵編)。

そのほかに由来のよくわからない句集として、『後ありづか』『新ありづか』があります。1978年に名古屋市立鶴舞中央図書館で発見されたもので、編者も編纂年も不明ですが、上記句集に含まれない句を集めた拾遺集のようです。

『横井也有全集』では、これら以外に俳文や軸物などから収集した句を「追加」として収めています。

では句を上げていきましょう。ふりがなや注を適宜加えています。

横井也有150句

蘿葉集(1726~66頃)

梅がゝや耳かく猫の影ぼうし

傘にふり下駄に消けり春の雪

今朝うえて昼から風の柳哉

出がはりや行燈に残す針の跡

桃のさく頃や湯婆(たんぽ)にわすれ水

夏たつや衣桁にかはる風の色

戻りには棒に風なし真菰うり

螢とる子供や昼は付木うり

村中にひよつと寺あり椶櫚(しゅろ)の花

鮓売も人におさるゝ祭かな

草刈の手に残りけり祭笛

井戸ほりの浮世へ出たる暑(あつさ)かな

糞とりが来て風よごす涼(すずみ)かな

我とわが蛻(カラ)や弔ふ蟬のこゑ

ひる顔やかり橋残る砂河原

はたをりや娵(よめ)の宵寢を謗る時

不掃除の花と咲けり秋の庭

蜘の囲のはしらによはき薄かな

いな妻や間を鐘のひとつづゝ

いなづまの明りは低し富士の雪

芋むしに啼(なく)音もあらばけふの月

雨乞をした顔もせず月見哉

名月や目に捨てある北の山

黒木うりをのが揬(くど)には落葉かな

順礼の筆に散けり壁のつた

ひろうたを嗅げば坊主の頭巾かな

居風呂(すゑふろ)のあつうて入れぬ寒かな

炭うりや跡から白き豆腐売

鐘つきのおこしてゆくや雪の竹

掛乞の地獄の中や寒念仏

蚊帳に女の絵に
こぬ人につられて広き蚊帳(かちやう)哉

老の腰摘(つむ)にもたゝく薺かな

凍どけや爰(ここ)にも捨し足袋片し

わか草やもうなびくかと吹て見る

山茶花は贋で有たと椿哉

山寺の春や仏に水仙花

あげくには泣出す子あり鶏合

酒は最(も)う懲りた人あり遅桜

くさめして見失うたる雲雀哉

我門へ尻の近よる田植かな

小便はよその田へして早苗とり

捨た身も喰せまいとてかやり哉

蚊はこちらへはいる隣のかやり哉

憎い蚊と同じ盛のほたる哉

さみだれや背戸に盥の捨小ぶね

傘(からかさ)にたゝみこみけり蝸牛

雪隠に去年ながらのうちはかな

土用干(どよぼし)や袖から出たる巻鰑(するめ)

かたびらの背中放るゝすゞみ哉

秋来ぬと聞(きく)や豆腐の磨(すり)の音

秋なれや木の間/\の空の色

虫くひもなきをと撰(えり)てひとは哉

棚経にとられて減るや蟬の声

曲(まげ)て寝る枕も痩て老の秋

あさがほや団扇は椽(えん)に宵のまゝ

花野には人を立(たた)せて案山子哉

影法師(かげぼし)に綿を入けり後の月

二三枚絵馬見て晴るしぐれかな

こちの木を隣でもはく落ば哉

茗荷畑ありしあたりか忘れ花

子は起て乳母が鼾(いびき)のこたつ哉

朝めしに三度鼻かむさむさ哉

萩かれて雪隠見ゆる寒かな

松までは紙燭とゞかず夜の雪

弟の武州にて失ける悼に
鳳巾(たこ)きれてはかなき風の便かな
 
生ある故に死あり 生なきもの何ぞ死あらむ
野送りをけふも見て居る案山子哉 
 
寝もの語
どちらへか一葉は散し美濃近江

ないものゝ有物つゝむかすみ哉

出代やかはる箒のかけ所

恋の猫屋根にあまりて椽(えん)の下

爰(ここ)が漏るとをしふる指か花御堂

しからるゝ子の手に光る螢かな

奪(ばひ)合うて弱らかしたるほたる哉

昼中の下女に蚊やりの匂ひ哉

さみだれや蚊遣りも雲に成たがり

影釣て置て月まつ紙帳かな

涼しさや文のおもしに置(おく)きせる

来べき宵蜘は告ずも魂祭り

ひつそりと跡に秋あるをどり哉

鼻かむで捨たる果や白木槿

よく聞けば案山子啼けり蛬(きりぎりす)

去年見た蔵の跡なり虫の声

鶏頭やかわきの早き雨あがり

挑灯の旦那をそしる夜寒かな

蚊のひとつ残るも見えてけふの月

伯母捨て又つれて来て後の月

ふたり来て一人の咄し時雨かな

水仙に昼見る露やけさの霜

罠からを先習ひけりくすりぐひ

三線の膝になつかぬ紙衣かな

さゝやきに片耳はづす頭巾哉

何で似せても似ぬ音や鉢たゝき

女の子羽子つく画賛
はねつくやまだ花娵(はなよめ)の莟ども

 

ありづか(1767~70頃、および拾遺)

物おとの蛙ばかりやおぼろ月

鳩一羽居眠る雨のやなぎ哉

花生(はないけ)に葉は惘然と散る椿

畑打の影は田にある夕日哉

平皿に海をちゞめて海雲(もづく)哉

蜂の巣や山臥にげる野雪隠

出女の口に蚊のよる夕べかな
出女:宿屋の客引きをする女 

喰れたる蚊を見送りて昼寝哉

我顔の目鼻に植る早苗哉

昼皃(ひるがほ)を誘ひてひらく扇かな

髪結を雇へば下手な粽かな

さみだれや山は屏風に見る計(ばかり)

物申(ものもう)にうごく朝寝の紙帳かな
物申:「頼もう」に同じ。ごめんください

蟬の来て風鈴にとまる暑さ哉

質屋へも通ふこゝろや土用干

石ひとつ馴染が付てすゞみ哉

魚うりの声にちからやけさの秋

かたまつて残る暑さや辻芝居

生(いき)た客交りてせはし魂祭り

うつかりと盜(スリ)も見て居る踊哉

稲妻や内からたてる後架の戸

稲妻の炷(た)キがら白し明の雲

箱へとももどらで秋の扇哉

狛犬の尻で啼けりきりぎりす

雪隠で覚えて来たる夜寒哉

木枕の襟になつかぬ夜寒哉

飴うりの鮓に負たる相撲哉

山寺や足らぬ香車に柿の核(さね)

犬ひとつ鹿めく庭のもみぢ哉

凩や材木町を吹てゆく

掃く度に日影広がる落葉哉

辻うりの飴にとりつく落葉哉

馬かたの烟捨行(すていく)かれ野哉

朝市や小鮒に交る初氷

耳におく霜や夜明のかねの声

花の骨紅葉のほねや冬木立

辻番の羽織で作るこたつ哉

悋気からまくられて居る火燵哉

其後は猫にこりたる紙衣哉

久しぶりにて逢たる人に
虫の声咄の切れ間たづねかね
 
橋に蝙蝠の画に
かはほりは捨た扇か橋すゞみ
 
芦に船の画
鵜の篝昼は消つゝ捨小ぶね
 
貝を苞にしたる画に
藁苞(わらづと)にのこるきのふの潮干哉
 
梅に手習ひ双紙かけたる画
寺子には最(も)う日も長し梅の花
 
枯木に鴉の画
木がらしの絶間をねぶる烏かな 

蓮の画に
蓮の花ひらくや筆の莟より


蘿の落葉(1771~81頃、および拾遺)

客が来て置て行けり秋の暮

凩や馬の尾をふくわたし舟


後ありづか(1776~81頃の拾遺)

雪中富士
富士少(すこし)低う見る日や雪の朝
 
笠に蟷螂
かまきりやとまれば笠に前うしろ


新ありづか(1768~78頃の拾遺

武蔵野や何に取つく蟬の声

黒いもの雲雀と成て落にけり

秋の句
我と我(わが)なきあと見たし庵の秋

狂(くるひ)あふ犬やはたけのはだれ雪


追加

蚊帳のめにたまらぬ夢のをしさ哉

大名の駕(かご)にものるや花いばら

辞世
短夜やわれにはながきゆめ覚ぬ


最後の辞世の句、身にしみますね。

也有の発句は今回でおしまい。次回からは彼の俳文を読んでいきます。